【ピアノ/レッスン寄り道編】バイエルの謎&チェルニー毎日の練習曲

ピアノ
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いつも僕のピアノのレッスンなどついての記事をお読みいただきありがとうございます。

今回は少し寄り道して、昔は誰もが通った「バイエル」と「チェルニー」についてのお話をしようと思います。

最後までよろしくお願いいたします。

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これまでのお話

現在のレッスンについての本編記事はこちらです。

レッスン再開後以降の模様についてはこちらでまとめています。

番外編として「大人の発表会」への参加についてもお話ししてきています。

ピアノレッスンを始めた頃

僕がピアノを習い始めたのは、近所の幼稚園がやっているピアノ教室でした。

その頃の教則本は、「ピアノのテクニック」と「メトードローズ」で、一年ほどして先生が代わったときに「メトードローズ」は「バイエル」に変わりました。

「バイエル」から「ツェルニー」に進み、実家の引越とともに新しい先生になって、「ピアノのテクニック」は「ハノン」になりました。

「ハノン」は31番までと39番のスケールが同時進行で、31番まで上がったらスケールとアルペジオだけになりました。

「ツェルニー」は100、30、40とやって、その後は「クランマー・ビューロー」へ、30番のどこかの段階でバッハのインベンションが加わりました。

安田寛著 バイエルの謎

もう8年くらい前になるでしょうか、この音楽之友社から刊行されたこの書籍を読みました。

へぇ~ボタンを何度押したことか・・・凄いトリビアの泉でした。いや決して無駄知識ではありませんが。

僕の世代でピアノを少しでもかじった人ならば必ず通る「バイエル」の門。僕は少し「メトード・ローズ」をやったので、残念ながら赤い本はパスして、黄色だけをやりました。後年、バイエルは駄目だの何だのいわれるようになったみたいですが、当時僕はピアノ練習者なら国を問わず一般的に使うテキストだとばかり思っていました。

ところがどっこい米国はおろか、バイエルの本国とされるドイツですら知る人は多くなく、音楽辞典にも載っておらず、いつ生まれたのかいつ死亡したのかもわからない、挙句の果てには実在したのかすら判然としない!ということで、日本国内でだけやたらと有名だというこの人はいったい何者?という「謎」を本書では解き明かしています。

著者の安田先生は、この誰もが抱きながらも放置されていた「謎」に真正面から取組み、米国やドイツに渡り、特にドイツではその名前も聞いたことのないような土地に何度も足を運び、教会、図書館そしてアーカイブ(アルヒーフ)で協力を得ながら文書を丹念にめくって、バイエルの正体に迫っていきます。

途中で命運尽きたかと思わざるを得ない状況に遭遇しながらも、そんなときに射してくる一筋の光を頼りに諦めずに取組まれたその姿は探偵さながらで、本書も推理小説ばりのノンフィクションになっています。

さてさて、謎解きをここで書いてしまうとネタバレなので、興味のある方はぜひ読んでみてくださいね。

単なる面白くない練習曲だと思っていたバイエル曲集が、実は19世紀のヨーロッパ文化と深く繋がっていたなんて素敵だと思います。

ツェルニーの練習曲

ハノンが無駄ではないことは色んな意味で明白だとずっと考えているのですが、ツェルニーはどうなのでしょう?というテーマで別のところで書いたことがありました。

それは次のようなものでした。

…今さらどうのこうの言ってみても始まらないわけなんですが、(ツェルニーが)意味がないうことはないんだろうなとは思うものの、全曲やる必要はなくて端折っても良かったでしょうし、進んでくるとショパンのエチュードの中にも手の届く曲はあるわけで、先生も音楽的な幅を考えて曲を与えてくれても良かったんじゃないかと思います。

身体の大きさや構造、手の大きさにしても指の格好にしても各人各様で、そこに一律の練習を課すというのは、ナンセンスではないのかと個人的には思います。

基本的な運動能力はハノンで鍛えた上で、そのから先は人によってバリエーションがあって良いのではないかと思います。

別に「ピアノ道」やってるわけでもあるまいし。音楽性を高めるために役には立たないのだから、その人にとって役に立ちそうなところだけを取り出してやって良いのではないかと。

それじゃ大人になってからはどうかというと、僕ならやらないでしょう。限られた時間の中で、効果もわからず、もちろん自分としての目的もなく、やっていれば何か役に立つかも、なんてあり得ない選択。たとえ結局モノにならなかったとしても、自分の弾きたい曲に挑んだ方が良いと思います…

これを読まれたピアニストあるいは先生から、ご丁寧に次のようなコメントを頂戴しました。

日本式のピアノ教育は 段階を一つ一つ追うシステムによるもので、チェルニーも必須な課題として多くの学習者を苦しめる嫌われ者としてのイメージは変わっていないようで、また練習時間のやり繰りも大変と思われる一方

チェルニー、クラマー、クレメンティーなどの機械的なエチュードにも その目的と効果はあるので、ピアノを弾き続ける以上、ハノンとともに一種のウォームアップとしてで十分なので、ツェルニーの小規模な練習曲は続けるべきではないでしょうか(毎日の練習の一部として組込む)。

このときに「小規模な練習曲」としては、チェルニーの op.337がハノン的とおすすめいただきました。

ツェルニー「毎日の練習曲」作品337

退職して、時間が取れるようになったので、ハノンを毎日の練習に組み込むようになり、最近ではドホナーニにも取り組むようになりました。

それはそれで結構なことなのですが(効果があがっているかどうかは別として)、ドホナーニで手間取ったりするとハノンのアルペジオを終えた段階で1時間を超え、すでに疲労困憊ということも珍しくなくなりました。

そこで当時いただいたコメントを思い出して、この「毎日の練習曲」を取り入れることにしました。ドホナーニやハノンをどうするかは試行中といったところです。

さてこの練習曲ですが、20回繰り返せだの、テンポは2分音符=92だのと「そんなの無理」的な一面を有しています。それこそこれだけで疲労困憊してしまいそう。

YouTube を見ていると、繰り返しはスムースに流れるまで、速さよりもきちんと弾けるテンポでとおっしゃっている先生がおられたので、それに倣ってやってみています。

ツェルニーにしては両手が均等に大変、曲としても変化があって面白いと感じています。アドバイスいただいて本当にありがとうございました。

楽譜はダウンロードしたものを「Piascore」を通してiPadで見ていたのですが、フィンガリング満載なので12.9インチでも辛いため、紙の楽譜を購入しました。

まとめ

正直いって今でもツェルニーは嫌いなのですが、それでもやはりここに戻ってきたのかとある意味感無量です。

うまく活用して、少しでもマシなピアノが弾けるように頑張ろうと思います。

最後までお読みいただきありがとうございました。

👍 🎹とともに 🎼とともに 🤞
👋掰掰👋

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