いつもこのブログ「音楽徒然草」をお読みいただきありがとうございます。
国際的ピアニストで東京音楽大学長の野島稔さんが、2022年5月9日肺がんのため亡くなられたというニュースに接しました。
僕の大好きなピアニストの一人で、先日の同じ歳のルプーさんに続いて大変残念です。
野島稔さんについて
1945年 神奈川県横須賀市生まれ
1963年 第32回日本音楽コンクール第1位(高校3年生)
1964年 桐朋学園大学入学 井口愛子氏に師事
1966年 モスクワ音楽院留学、レフ・オボーリン氏に師事
1969年 第3回ヴァン・クライバーン国際コンクール第2位
1970年 カーネギーホールデビュー
1981、1985年にヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールに審査員、以降リヒテル国際ピアノコンクールを含め国内外のコンクールの審査員を務める
国内では、仙台国際音楽コンクールピアノ部門の審査委員長、2006年に横須賀芸術劇場における野島稔ピアノコンクールを創設、審査委員長を務める
2011年 東京音楽大学第12代学長(現在まで)
ディスコグラフィー/演奏音源
1988年に「野島稔・プレイズ・リスト」、1989年には「野島稔・プレイズ・ラヴェル」の2枚のCDを発表しています。
野島稔・プレイズ・リスト
収録曲は以下の通りです。
リスト:
メフィスト・ワルツ第1番「村の居酒屋での踊り」
パガニーニによる大練習曲第3番嬰ト短調「ラ・カンパネッラ」
超絶技巧練習曲第11番「夕べの調べ」、第5番「鬼火」
ピアノ・ソナタ ロ短調
野島稔・プレイズ・ラヴェル
収録曲は以下の通りです。
ラヴェル:
鏡(全5曲)
夜のガスパール
なお「野島稔・プレイズ・リスト」については、2007年にジョイス・ハット(の夫)による盗作に使用されたことが発覚しています。
以下、僕自身の旧ブログから転載します(一部抜粋、修正あり)。
いやはや‥ジョイス・ハット
(2007.2.21)
他人様のディスクをコピーして自分の演奏でござる!とディスクを出すピアニストがいたら‥
ジョイス・ハット
僕は彼女の演奏を耳にしたことがありません。
拝読させて頂いている幾つかのサイトで賞賛されているのを目にして、聴いてみたいと思いきやマイナーレーベルの通販で面倒そうだったので断念しました。
そして、今回「あの演奏は実はニセモノだったらしい」というコラムを見たのでした。
調査・発表を行ったイギリス「グラモフォン」のサイトによれば
数年前にイギリスのある評論家が、彼女の演奏するリスト「超絶技巧練習曲集」のディスクをPCに挿入したところ、ディスプレイにはラスロ・シモンの同曲集(BIS)のジャケットが現れた。両者を実際に聞き比べたところ、まったく同じものに聴こえた。
さらに彼女のラフマニノフのピアノ協奏曲についても同様にイェフィム・ブロンフマンとエサペッカ・サロネンのジャケットが現れ、聴いて比較してみたところそっくりであった。
「グラモフォン」ではPristine Audioのアンドリュー・ローズ氏という専門家に
彼女と(ラスロ・)シモンの「超絶技巧練習曲集」のディスクの波形分析の科学的調査を依頼したところ、両者は一致、12曲のうち10曲がシモン、残り2曲は野島稔のものということが明らかに。
また、ゴドフスキーの「ショパンのエチュードに基づく練習曲集」を調べたところ
カルロ・グランテによる同曲集の録音に15%のストレッチングを加えたことが判明。
何と言うことでしょうか。
ウィキペディア英語版によれば、ブラームスのピアノ協奏曲第2番は実はアシュケナージの演奏で、サン・サーンスのピアノ協奏曲第2番はジャンフィリップ・コラールとのことです。
まとめ
野島さんの演奏は素晴らしいのはもちろんですが、個人的に色んな思い出が詰まっています。
ラヴェルの「道化師の朝の歌」は発表会などで弾いた際に、それこそ穴が開くほど聴きましたし、リストのソナタを聴くことが(本来のホラーという意味で怖く)苦手だった僕を好きにさせてくれた演奏でした。
そして、ラヴェルとリストのアルバムは、どの演奏も「この曲の好きな演奏は?」と訊かれたときに、必ずその中にリストアップされるものばかりです。
どうぞ安らかにお眠りください。
最後までお読みいただきありがとうございました。
👍 🎹とともに 🎼とともに 🤞
👋掰掰👋
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