【ピアノ/新書】アルゲリッチとポリーニ ショパンコンクールが生んだ2人の怪物

クラシック
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2020年は5年に一度のショパンコンクールが開催されます。そのショパンコンクールの優勝者であるマルタ・アルゲリッチとマウリッツォ・ポリーニの人物や音楽的な事象を時系列で追って、この2人にアプローチしたのが、この本間ひろむさんの「アルゲリッチとポリーニ ショパンコンクールが生んだ2人の怪物」(光文社新書)です。

また、音楽専門書としてではなく、新書として発刊されたということも特筆すべきところでしょう。さっそく、その内容をネタバレしないように気をつけながら見ていきましょう。

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本書の構成

この新書は全230ページ足らずで、以下のような目次になっています。

アルゲリッチとポリーニ:プロフィール

【序章】なぜ日本人はこんなにもピアノ音楽が好きなのか

🔸ショパン・コンクール初の日本人入賞者
🔸帝王カラヤンがやって来た!
🔸中村紘子というピアノスター登場
🔸文化の成熟とクラシック音楽
🔸ショパン・コンクールでの日本人優勝者待望論

【第1章】ミケランジェリと2人のショパン・コンクール覇者(1941~1967年)

🔸ブエノスアイレス時代のアルゲリッチ
🔸ポリーニのショパン・コンクール
🔸アルゲリッチのレコードデビュー
🔸キャンセル魔ミケランジェリのレッスン
🔸ホロヴィッツに会いにニューヨークへ
🔸アルゲリッチ、ショパン・コンクールを制す

【第2章】恋多きピアニストとショパン練習曲集(1968~1983年)

🔸ポリーニの華麗なる復活
🔸デュトワとの結婚とアニー誕生
🔸ポリーニ初来日とダニエレ誕生
🔸ステファニー誕生とコンセルトヘボウ・ライヴ
🔸ワルシャワのポゴレリチ事件

【第3章】アルゲリッチ音楽祭とポリーニ・プロジェクト(1984~2000年)

🔸ベロフと左手のためのピアノ協奏曲
🔸クライバーとポリーニ
🔸ラビノヴィチとのロシアの旅
🔸ファニータの死――ガン発覚
🔸ミケランジェリに捧げるコンサート

【第4章】21世紀のヴィルトゥオーゾ(2001年~)

🔸リダのヴィオラとダニエレのピアノ
🔸ポリーニのオクターブ・グリッサント
🔸「忌々しい娘」という名のドキュメンタリー・フィルム
🔸ダニエレ・ポリーニの二刀流
🔸小澤征爾とのベートーヴェン

【終章】ショパン・コンクールの歩き方

🔸世界のコンクール事情
🔸ワインの熟成を待つ空気感とインターネット
🔸アメリカにはコンクール・ウィナーを必要としない
🔸アルゲリッチとポリーニがショパン・コンクールを変えた
🔸ショパン・コンクールに出ない理由
🔸ショパン・コンクール2020

アルゲリッチとポリーニの「名盤」20+20

🔸マルタ・アルゲリッチの名盤20
🔸マウリツィオ・ポリーニの名盤20

マルタ・アルゲリッチの略歴 Martha Argerich

年譜

1941年6月5日 ブエノスアイレス生まれ
父は経済学教授や会計士、母フワニータはベラルーシからのユダヤ系移民二世

1946 5歳 ヴィンチェンツォ・スカラムッツァに師事
1949 8歳 ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第1番を演奏
1950 9歳 モーツァルト/ピアノ協奏曲ニ短調K466、バッハ/フランス組曲第5番を演
1955 一家でウィーンへ移住、フリードリヒ・グルダに師事、マガロフ、マドレーヌ・リパッティ(ディヌ・リパッティ夫人)、ミケランジェリ、アスケナーゼに師事1957 ブゾーニ国際ピアノコンクール優勝
1957 ジュネーブ国際ピアノコンクール(女性の部)優勝
1960 ドイツ・グラモフォンからレコードデビュー
1965 ショパン国際ピアノコンクール優勝、マズルカ賞受賞

1998〜 別府アルゲリッチ音楽祭
1999〜 マルタ・アルゲリッチ国際ピアノコンクール
2001〜 ブエノスアイレス-マルタ・アルゲリッチ音楽祭
2002〜 マルタ・アルゲリッチ・プロジェクト(ルガノ)

結婚歴

1963 ロバート・チェン(陳亮声)(作曲家、指揮者)
1969 シャルル・デュトワ(指揮者)
1974頃 スティーヴン・コヴァセヴィチ(ピアニスト)
この3人の間に各々1人、計3人の娘あり

コヴァセヴィッチと別れたあと、ミシェル・ベロフ(4年間)、アレクサンドル・ラビノヴィチ(10年間)とつきあいあり

主な受賞歴

1996 フランス政府芸術文化勲章オフィシェ
1997 ローマ・サンタ・チェチーリア協会員(1997年)、グラミー賞(1999年、1999、2004、5 グラミー賞
2001 Musician of the Yea
2005 第17回高松宮殿下記念世界文化賞、旭日小綬章
2016 旭日中綬章

有名なエピソード

1980 ショパンコンクール審査員
イーヴォ・ポゴレリチが本選に選ばれなかったことに抗議、審査員辞退
「だって彼は天才よ!」
「審査席に座った事を恥じる」
「魂の無い機械がはじき出した点数だけで合否を決めてしまうのではなく、審査員間でも協議するべきだ」

マウリツィオ・ポリーニの略歴 Maurizio Pollini

年譜

1942年1月5日 ミラノ生まれ
父は建築家ジノ・ポリーニ、母はピアニスト/声楽家

1947 5歳 カルロ・ロナーティに師事
ロナーティの死後、カルロ・ヴィドゥッソに師事

1957 ジュネーブ国際コンクール第2位
1958 ジュネーブ国際コンクール1位なしの第2位
1959 第1回ポッツォーリ国際ピアノコンクール優勝
1960 第6回ショパン国際ピアノコンクール優勝

以降約10年間、国際演奏活動から遠ざかり、ミラノ大学で物理学を学び、ピアノではミケランジェリに師事

1968 国際ツアー復帰
1971 ドイツ・グラモフォンから録音作品発売
1995〜 ポリーニ・プロジェクト開始

そのほか

ベートーヴェン、シューベルト、ショパン、シューマン、ストラヴィンスキーのほかブーレーズ、ウェーベルンなど現代音楽にも積極的に取組み。ベートーヴェン全ピアノ・ソナタの録音(所要39年間)完了。

同じミラノ生まれの指揮者クラウディオ・アバドは親友、数々の協奏曲で多くの共演を行ったほか、政治的・社会的活動でも同志。イタリア共産党員の作曲家ノーノとも深い親交。

本書の内容

アルゲリッチとポリーニは2人とも、若い頃から超一流ピアニストとして揺るがない存在でしょう。ただ、筆者も評する通り「情感豊かに感性で弾く」アルゲリッチと「完全無欠な演奏を披露する」ポリーニとは演奏スタイルは対照的であることも良く知られるところです。

この対照的な2人について、この新書は演奏評を延々と記することではなく、出生から現在に至る評伝をある程度客観的に淡々と綴っていくことで、その違いが浮かび上がらせています。

2人の略歴をまとめてみただけでも、結婚歴(男性遍歴)やエピソードなど、盛りだくさんの内容を持つアルゲリッチに対して、コンクールに優勝してどうなったという程度のボリュームにしかならないポリーニとは対照的です。

筆者が言う通り、ポリーニは「まるでムービースターのように表の顔しか見せない」「ポリーニ本人が喋っているのにポリーニの素顔がちっとも見えてこない」アルゲリッチは「アルゲリッチのドキュメンタリーからは彼女のハートの音が聞こえてくるのに」(124ページ)で、アルゲリッチについてはオリヴィエ・ベラミーの「マルタ・アルゲリッチ 子供と魔法」を読むとアルゲリッチの「人」に触れることができますが、ポリーニについてはその人となりについて簡単にアクセスできるものはなかったので、この新書はその点でも大変示唆の深いものになっていると思います。

終章「ショパンコンクールの歩き方」では、日本人の優勝者が出ていない唯一のメジャーコンクールとして「ショパンコンクール」を見たときに、2020年大会で期待するピアニストとして、筆者は2人の若手ピアニストの名前を挙げています。

アルゲリッチとポリーニの「名盤」20+20

名盤数多のこの2人ですが、この新書で紹介された演奏の中から、余計なことながら僕のお薦めも挙げておきたいと思います。

アルゲリッチ

「シューマンは腹心の友、プロコフィエフとラヴェルは家族の一部」という彼女。もっとも元気が出るのがプロコとラヴェルのコンチェルトのカップリング盤、そしてラヴェルではやはり「夜のガスパール」、シューマンでは「子供の情景とクライスレリアーナ」。



ポリーニ

最高に楽しいのは、やはりブーレーズの第2ソナタ、ウェーベルンの変奏曲、プロコの7番戦争ソナタとストラヴィンスキーのペトルーシュカからの3楽章。これ1枚で僕は充分ですが、ショパンで挙げるならばエチュード集が最右翼でしょうか。


まとめ

僕は2人が若々しく溌剌としていた頃の記憶が色濃いため、この新書を読んでこの2人の「神」が歳を重ねたという事実を改めて認識しました。病魔との闘いしかり、成長した各々の子息子女との親子共演などについてもこの新書で知ることができます。この神たちも「親」だったのだということがとても嬉しく感じられます。

この2人のファンならずとも思わず微笑んでしまうと思います。ぜひ読んでみてください!

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