【吹奏楽】1976/第24回全日本吹奏楽コンクール 中学校の部

吹奏楽
スポンサーリンク

1976年度コンクール中学の部の代表枠は、北海道2、東北3、関東3、東京1、北陸1、東海2、関西3(前年度比+1)、中国1、四国1、西部2の19となり、全日本コンクール主催地区枠1を加えて20団体が出場しました。その結果、関東地区からは4団体が出場しています。

この年の課題曲は前年度の「中学校の部」と「それ以外」の区分から再び全部門共通となり、公募入選作品2曲と委嘱作品2曲(うち1曲はポップス系)計4曲の中から各々の団体が選択する方法に変わりました。1974年度以降の課題曲の対象、選定についての試行錯誤が続いています。

初出場は、大阪市立城陽中学校 西脇市立西脇南中学校 銚子市立第四中学校、中標津町立中標津中学校の4校でした。

スポンサーリンク

第24回(昭和51年度、1976年)全日本吹奏楽コンクール

開催日時 1976年11月6日
開催場所 神奈川県民ホール
課題曲は4曲、全部門共通でA・B・C・Dから各団体が選択。
課A : 即興曲 (後藤洋)
課B : 吹奏楽のための協奏的序曲 (藤掛廣幸)
課C : カンティレーナ (保科洋)
課D : ポップス描写曲「メイン・ストリートで」 (岩井直溥)

この年も課題曲の参考音源として連盟よりプロの吹奏楽団の演奏による参考演奏のカセットテープの発売されています。

出場団体(自由曲、指揮者)と審査結果一覧

01 東海代表 吉良町立吉良中学校 指揮 : 藤浦治志 🥈
課C : カンティレーナ
歌劇「ムラダ」より 貴族たちの入場 :リムスキー=コルサコフ
02 関西代表 大阪市立城陽中学校 指揮 : 神出有光 🥉
課A : 即興曲
楽劇「神々の黄昏」より ジークフリートの葬送行進曲 :ワーグナー/川口昌徹
03 関西代表 西脇市立西脇南中学校 指揮 : 藤崎成美 🥈
課C : カンティレーナ
リシルド序曲 :パレ
04 東北代表 八戸市立湊中学校 指揮 : 新井山雅行 🥉
課B : 吹奏楽のための協奏的序曲
リシルド序曲 :パレ/木村吉宏
05 関東代表 横浜市立港南中学校 指揮 : 唯井敏郎 🥉
課D : ポップス描写曲「メイン・ストリートで」
民謡風の主題による吹奏楽のための幻想曲 :川崎優
06 西部代表 那覇市立那覇中学校 指揮 : 久高友之 🥉
課D : ポップス描写曲「メイン・ストリートで」
歌劇「運命の力」序曲 :ヴェルディ
07 東北代表 秋田市立山王中学校 指揮 : 木内博 🥇
課C : カンティレーナ
スペイン狂詩曲 より マラゲーニャ、祭り :ラヴェル/木内博
08 東京代表 豊島区立第十中学校 指揮 : 酒井正幸 🥇
課B : 吹奏楽のための協奏的序曲
交響曲第5番 より第4楽章 :ショスタコーヴィチ
09 関東代表 銚子市立第四中学校 指揮 : 玉城博 🥉
課D : ポップス描写曲「メイン・ストリートで」
歌劇「運命の力」序曲 :ヴェルディ/レイク・ケント
10 中国代表 出雲市立第一中学校 指揮 : 渡部修明 🥇
課C : カンティレーナ
バレエ音楽「ダフニスとクロエ」第2組曲 より夜明け、全員の踊り :ラヴェル/渡部修明
11 北陸代表 春江町立春江中学校 指揮 : 坪田健夫 🥉
課D : ポップス描写曲「メイン・ストリートで」
歌劇「ローエングリン」より エルザの大聖堂への行列 :ワーグナー/カイエ
12 四国代表 徳島市富田中学校 指揮 : 糸谷安雄 🥈
課D : ポップス描写曲「メイン・ストリートで」
吹奏楽のための交響的詩曲「地底」 :名取吾朗
13 東海代表 蒲郡市立蒲郡中学校 指揮 : 小川和人 🥉
課C : カンティレーナ
交響曲第8番 より 第1楽章 :ドヴォルザーク/山本訓久
14 関東代表 銚子市立第一中学校 指揮 : 関欣一 🥉
課B : 吹奏楽のための協奏的序曲
リシルド序曲 :パレ
15 関西代表 西宮市立今津中学校 指揮 : 得津武史 🥉
課B : 吹奏楽のための協奏的序曲
楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」より第一幕への前奏曲 :ワーグナー/木村吉宏
16 西部代表 那覇市立石田中学校 指揮 : 屋比久勲 🥈
課D : ポップス描写曲「メイン・ストリートで」
組曲「惑星」より 木星 :ホルスト
17 北海道代表 中標津町立中標津中学校 指揮 : 山形正法 🥉
課D : ポップス描写曲「メイン・ストリートで」
喜歌劇「こうもり」序曲 :J.シュトラウスII世
18 北海道代表 滝川市立江陵中学校 指揮 : 久田充 🥈
課A : 即興曲
歌劇「盗むかささぎ」序曲 :ロッシーニ/松浦真
19 東北代表 秋田市立城南中学校 指揮 : 大越寿 🥉
課D : ポップス描写曲「メイン・ストリートで」
謝肉祭序曲 :ドヴォルザーク
20 関東代表 富士吉田市立明見中学校 指揮 : 平野廣海 🥉
課B : 吹奏楽のための協奏的序曲
喜歌劇「こうもり」序曲 :J.シュトラウスII世/カイエ

出場20団体中、金賞3、銀賞5。そして銅賞が12で、前年度同様厳しい結果となりました。課題曲の選択では、Aが2団体、Bが5団体、Cが5団体、そしてDが最も多く8団体によって取り上げられています。

この大会では自由曲の選曲に大きな変化が見られ、見事金賞を受賞した山王中、出雲一中ともにラヴェルの作品を採り上げています。ともに指導の先生によるスペシャルアレンジで、山王中はスペイン狂詩曲、出雲一中はダフニスとクロエでした。特に出雲一中の「夜明け」の表現について、秋山紀夫さんは「これからは密やかさの表現」として大きく評価されていたようです。

前年度5金特演に回った2校のうち、豊島十中は難曲と言われた課題曲Bが、全部門通じて最も優れた演奏と評価され金賞を受賞しましたが、今津中は何と銅賞に止まり、翌年に捲土重来を期すことになります。

また、前年度初めて金賞を受賞した富田中は、この年も積極的に邦人作品を採り上げましたが、大変惜しい銀賞という結果となりました。

YouTubeで音源を探る

横浜港南中学校

民謡風の主題による吹奏楽のための幻想曲 港南中 全日本吹奏楽コンクール 1976

山王中学校

カンティレーナ 山王中 全日本吹奏楽コンクール 1976 課題曲
スペイン狂詩曲 山王中 全日本吹奏楽コンクール 1976

豊島第十中学校

吹奏楽の為の協奏的序曲 豊島十中 全日本吹奏楽コンクール 1976 課題曲
交響曲第5番 豊島十中 全日本吹奏楽コンクール 1976

銚子第一中学校

【吹奏楽】吹奏楽のための協奏的序曲/銚子市立第一中学校吹奏楽部 1976年度
【吹奏楽】序曲【リシルド】銚子市立第一中学校吹奏楽部 1976年度

出雲第一中学校

【吹奏楽】カンティレーナ/出雲市立第一中学校吹奏楽部 1976年度課題曲
ダフニスとクロエ 出雲市立第一中学校 1976年

冨田中学校

吹奏楽の為の交響的詩曲「地底」 富田中 全日本吹奏楽コンクール 1976

今津中学校

 

石田中学校

 

江陵中学校

歌劇「泥棒かささぎ」序曲 江陵中 全日本吹奏楽コンクール 1976

出雲一中と山王中の演奏を(レコードでですが)初めて聴いたときの衝撃が蘇ってきます。

山王中は、洒落たマラゲーニャと熱狂的な祭りの対比が良く表現されていて、その世界にぐいぐいと惹き込んでいく推進力も兼ね備えた演奏でした。出雲一中は、日の出の部分をほぼカットなしで演奏していますが、構成と強弱の配分などこの息の長い部分を十分に表現していますし、バッカナールの部分の強靭なアンサンブルに支えられた盛り上がりと熱狂的なエンディングには胸が熱くなってしまいます。

人数の問題ではありませんが、山王中も出雲一中も45人でトランペットもホルンも3人ずつという編成が信じられないですね。ダフクロをサマーコンサートで演奏したときに「あの最初のブツブツしたところは何を表現しているのですか」と訊かれて、渡部先生は「それでは失格」と厳しい練習がさらに厳しくなり、連続金賞の過去3年から一気に昇華したのかも知れませんね(違うかも知れませんが)。

豊島十中は、伸びのあるサウンドと大きな畝りのある音楽作り。中学生離れして素晴らしいというか、もう凄いです。この課題曲は当時ホルンが難しいとされ、実際そこでバランスを崩してしまって最後までそれが尾を引いた演奏も多くありました。このチームではサックスを被せて安定させるなどの工夫もあって、些かの不安も感じさせないのは、全部門通じておそらくこの演奏だけでしょう。タコ5はティンパニがやや頑張りすぎなのですが(課題曲はスネアがそうかも…)、全体に特攻隊にならず、音楽らしい香りが溢れていて素晴らしいです。

銀賞となった富田中の自由曲はシャープで現代的な響きで、メンバーの皆さんが曲の内容をじゅうぶんに理解して、共感していることが伝わってくる演奏で、結果が本当に残念で惜しいなと思います。この新鮮な演奏を超える「地底」は耳にしたことがありません。

さて、銅賞となった今津中です。バンドジャーナルの講評を書いておられた審査員の大橋先生が「音が大きい」とおっしゃるのだから、そうだったのだろうと思いはするものの、課題曲冒頭のラッパの音が掠れたのは、その前のホルンの音が大きかったからなのかどうなのか…ファンファーレとコーダのキビキビしたしまった作り方、落ち着いたフーガと、この学校らしい音楽が聴けたと個人的には思います。自由曲のマイスタージンガーも「ワーグナーだから堂々としているだけではダメ」ということなのですが、73年の演奏よりもブレンドされた豊かな響きだと個人的には感じました。中間部の歌い方も良かったです。そのあとの木管のアンサンブルからはやや急いだ感があるような気はしますが。

まとめ

この大会を契機として、自由曲にドビュッシーやラヴェルなどのフランス音楽が多く採り上げられるようになりました。著作権については、演奏側も承認側も議論が整理されていなかったようで、後々代表になったのに辞退せざると得ないという大変気の毒な事態が起こったり、結局ダフクロは演奏できなくなってしまったりもしました(そもそも編曲して演奏できなかった)。

それはともかく(と言ってはいけないのですが)これら数々の演奏がエポックメイキングな大会であったことは間違いなく、その後日本の吹奏楽の可能性が試されていくことになりました。

Viva 吹奏楽!

コメント

タイトルとURLをコピーしました